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《動画付》スワミ ラダナスのある女性のお話が素晴らしすぎたので日本語にしてみた

ナマステー(=人=)ラニーです。


先日Facebookで、スワミ ラダナスさんの、ぬおおおおおっってレベルの、あまりにも美しすぎるお話の映像を偶然目にしました。


スワミのお話に登場する女性の名は、シンドゥタイ(Sindhutai Sapkal)さん。
2018年3月8日のWomen’s Day(国際女性デー)に、インド大統領からNari Shakti賞(これは女性に捧げられる最高の民間賞です!)2017を受賞されてた方です。

当時、その受賞の様子を、私のインド人友達が投稿でシェアしていて、こんなすごい人がいるのかあ。。。と感銘を受けたのですが、お恥ずかしながら、私、彼女のことを、孤児をたくさん育てた方、という認識しかしていませんでした。

また、スワミがお話される中で、ショッキングな内容も多かったこともあり、私は最初、スワミがシンドゥタイさんのことを話されているとわからないほどでした。


ぜひ下にある映像を見ていただきたいのですが、スワミ ラダナスの穏やかな表情、そして一つ一つの紡ぎ出される言葉は、誰しもの心にスーッと届くと思います。


がしかし、映像言語は英語!というわけで、稚拙ですが日本語訳してみました。心が洗われるスワミのお話内容を少しでもお伝えできたらと思います。(スワミのスピーチ動画はこの記事の最後の方に貼ってあります)




Radhanath Swami
ーーーーーー


ある女性の話を耳にしました。
名前をシンドゥタイといいます。

彼女はインド、マハシュトラ州の貧困に苦しむ村で生まれました。一度もちゃんとした教育を受けていません。 彼女が小さな女の子で、学校に行きたいな、と思ったとき、両親は彼女に水牛の世話をさせました。


彼女は8歳の時、結婚しました。 いや実際は9歳だったかと思います。 相手は30歳くらいの男性と。そして彼女が19歳になるころには3人の息子がいて、さらに4人目を妊娠をしていました。

彼女の住んでいた村には誰からも恐れられていたマフィアがいました。人々、特に村の女性たちを馬車馬のように働かせ、何の賃金も支払わずに実質搾取していました。シンドゥタイは、警察を監督している地元の徴収官にマフィアの実態を告げました。そして、その役人はマフィアがしていることを止めさせた為、マフィアはシンドゥタイに対して、とても怒り、根に持ちました。

マフィアはシンドゥタイの家に行き、彼女の夫にこう言います。「お前はなんて愚かな男だ。お前の妻は多くの男と関係しているってのに。事実、お前の妻の腹のなかにいるのは俺の子だ。俺は何度もお前の妻と関係を持っている。お前が彼女と胎児を殺さないのなら、俺がお前を殺してやる」

夫は19歳の妻を蹴りました。彼女と胎児を殺すために。胸ではなく、胃を繰り返し蹴られ、彼女は意識を失いました。


夫はシンドゥタイが死んだと思いました。


夫は彼女を、水牛や雄牛、雌牛などたくさんの牛が飼育されていた牛舎まで引きずって行き、そしてそこに放置しました。世間の人々に、シンドゥタイが牛に踏みにじられて死んだと思わせようとしたのです。

シンドゥタイが意識不明の状態から目覚めたとき、彼女は自分の体のすぐ真上に立っている1頭の牛を見つけました。雌牛は彼女を護っていました。バッファローや雄牛、雌牛たちから踏まれないように。さらにその雌牛は、義父母がシンドゥタイが死んだことを確かめにやって来た時でさえ、彼らを角で追い払い、そしてその後もシンドゥタイの上に立ち続けました。

シンドゥタイは、意識を取り戻し、そして、その牛の下で、女の子の赤ちゃんを出産しました。彼女はそばにあった石を手に取り、臍帯を切ったと言います。20回ほどスライスし、やっと、(出産の一連から)解放されました。雌牛は何時間もの間、シンドゥタイを護り続けました。彼女が自力で起き上がれるくらいまで体力が回復した時、雌牛に抱きつき、そしてこう誓いました。

「あなたは、私が本当に助けを必要とした時に私を護ってくれた。だから私も、助けを必要としてる他の誰かを護るわ。」

長い話です。しかし誰も彼女を支援しなかったでしょう。彼女の親族は彼女の出戻りを拒否しました。彼女の血縁関係にある家族なのに。なぜなら彼らの’伝統’によると、彼らが結婚すると、生家に帰ることはできないからです。今日も残る多くの愚かな伝統です。

シンドゥタイは、略奪や強姦を避けるために、火葬場で眠りました。小さな赤ちゃんと一緒に。そして彼女は、死体の周りに撒かれた小麦をかき集め、水を加え、そしてそれを、死体を焼く炎で焼いて調理しました。それは彼女にとってとても憂鬱な生活になりました。自分の子にはこんな生活させたくない。そう彼女は決意しました。自殺しようと、子供を連れて電車の線路へ行き、電車が彼女たちを潰すのを待って横たわりました。


横たわっていると、シンドゥタイは誰かの苦悩に満ちて泣く声を耳にしました。起き上がってみると、年老いた男が大泣きしていました。彼は障害をたくさんを持っていて、とてもとても不自由でした。彼はシンドゥタイに食べ物と水を求めて泣きました。。。シンドゥタイは、物乞いをしに行き、水と食べ物を得て、その男に与えました。


彼女は考えました。もしかしたら、あの年老いた男は、クリシュナ神の声だったのかもしれない。自殺するよりももっと上の目的が、私の人生にはあるのかもしれない。私には、この世界に貢献できることがあるのかもしれない。。。


Load Krishna and his cows

でもその後、野原にぽつんと座っていると、「私は何をしようとしてるんだろう。。。」と、シンドゥタイは疑問に思えて来ました。私には誰もいないし、何もない。どうやったら誰かを助けられると言うんだろうか。


ある木の下で、シンドゥタイは、たくさんの木の枝をきこりが暴力的に斧で伐採しているのを見ました。枝はたった1本のひもでぶら下がっていましたが、その枝は彼女と子供に日陰を与えていました。

そして、彼女は思ったのです。これが答えだと。どんなに叩かれようと、それでもまだ、私が誰かのためにできることはある。と。


シンドゥタイは、ホームレスや育児放棄された孤児たちを見つけ始めました。彼ら子供達の母親になり、世話をし始めたのです。
どういうわけか、彼女はとても上手に歌を歌うことができたので、その歌声で施しを受け、子供達に(食べ物や衣服などを)供給し、何らかの形で安全に保ちました。
そして、しばらくすると、人々はシンドゥタイがどのような違いをもたらしているのかを見ました。そして、彼女のために、孤児院が建設されたのです!

長年にわたり、彼女には約1,500人の子供と、千人以上の孫ができ、そして彼女は彼女の人生にとてつもなく大きな差異をもたらしました。

全ての’彼女の子供達’は、素晴らしい教育を受けることができ、何人もが医師や弁護士、そして農夫ーーーそれらは彼女が経験したことのないもの、になりました。


シンドゥタイはその功績により国際的に多くの賞を受賞しました。でもその後ーー、彼女はこう説きました。

「今までの私の人生でして来たことの中で、最も有意義で私を満たしてくれたこと、それは、、、あれから数年後、インド大統領が私に賞を贈り州知事から国際賞を授与したこと、ではないの」


ある日、とても年老いた男がシンドゥタイの孤児院にやって来ました。彼は飢えていて、病気で、そしてホームレスでした。男は彼女に保護を求めたのです。


数分ののち、シンドゥタイは、その年老いた男が、あの離婚した夫だ!と気づきました。そう、あの、彼女を悪意を持って殺そうとした人です。

シンドゥタイは彼に言いました。「あなたが私を死なせようとした時、私は ぼろぼろのホームレスだった。今はあなたがボロボロのホームレスで、私はとても多くの人々と一緒に素晴らしい場所を持ってるのね。」


シンドゥタイが言った、’最も有意義で彼女を満たしてくれたこと’とは、彼女の元夫を『赦した』ことでした。
彼女は元夫にこう言いました。

「あなたにシェルターをあげるわ。だけど私はあなたの妻ではない。あなたの’おかあさん’よ。」 
人々がシンドゥタイの孤児院を訪れる時、彼女は彼を紹介します。「これは私の長男。時々、もの凄くいたずらっ子なの。」彼女のしたこの話に、、、わたしは感動しました。



ある場所で、私はこのストーリーをシェアしましたが、どういうわけかYouTubeでそれが公開されていました。そしてシンドゥタイの孤児院で、誰かが彼女にその映像を見せた様です。シンドゥタイは私に会いたがり、私たちは、プネで会いました。

彼女は何人かの人たちと一緒でした。私たちは小一時間話し合ったのですが、それはとても素晴らしい対話でした。

一人の女性がシンドゥタイの隣に座っていて、(私たちが話をしている間)ずっと笑顔で輝いていましたが、彼女は特に何も会話にはいってきませんでした。私がそろそろお暇しようとした時、シンドゥタイがこう言いました。


「あなたに彼女を紹介したいわ。彼女があの、牛の下で生まれた子よ。」


彼女は今、医師であり、シンドゥタイの孤児院の一つを担当しているとのことでした。

そしてシンドゥタイは言いました。「私の人生のすべての悲劇を勘するに、あれらは私に力を与える贈り物でした。人々に違いをもたらすための。」

彼女はそれをすべて神のみ恵みと汲んでいました。

「私の人生はいばらの多い道でした。しかし、私はそれらのとげと友達になり、私の人生は美しくなり、他の多くの人々の人生に美しさを与えることができたのです。」



これは、裕福さ無しの影響の小さな例です。思いやりの力が、お金ができることよりもはるかに大きい場合の。しかし、その思いやりの基盤の上にお金と知識、そして強さとスキルが構築されると、そうすれば、私たち自身の人生が私たちの理解を超えて豊かになるだけでなく、このような違いをもたらすことができるのです。


私たちは世界に同じ様に影響を与えることができるでしょう。誰でも、誰であろうとも。誰もが本質的に特別であり、そのことを私たちが気づいている限り、誰もそれを私たちから奪うことはできないからです。


慈悲の道具、恵みの道具となることは、豊かさを超えた真の影響です。

どうもありがとうございました。


Radhanath Swami


スワミのスピーチ動画はこちらです。↓

スワミ ラダナスのお話。Transforming Our Struggles Into Strength


ーーーーーーー
以下は、wikipediaから抜粋し翻訳した、追記です。
Sindhu Tai sapkal

 




シンドゥタイは、1948年11月14日にマハラシュトラ州ウォーダ地区の牛の放牧家族で生まれました。 望ましくない子供である彼女は、チンディ(「破れた布」のマラーティー語)と呼ばれていました。

しかし、彼女の父親は、シンドタイの教育に熱心であり、母親の意向に反していました。 Abhimanji(シンドゥタイの父親)は、以前は牛の放牧を口実に彼女を学校に送りました。(牛を放牧させにいかさるふりをして、学校に通わせた)そこでは家族の資金が限られていたため、「Bharadi Treeの葉」をスレート、黒板の代わりに使用していました。(slate とは石版、おそらく黒板の代わりだったと推測する。紙のノートはない)(彼女はその代わりに葉っぱに文字を書いていた)

ひどい貧困、家族の責任、早期結婚により、彼女は小学4年生の学級試験に合格した後、正式な教育をやめざるを得ませんでした。(インドの4年は日本の3年生にあたります。日本の小学校と違い、厳しい学期試験があり、一定の点数以上でないと進級できず落第します。)

スワミの

お話ではシンドゥタイの結婚相手は30歳と言っていたが、wikiによると、9歳の時に20歳の男性と結婚。(アラフォーな私ラニーと同じくらいの年齢のインド人女友達のおばあちゃまで、12歳で結婚した方もいらっしゃったので、その世代の田舎の方では、そのくらいの年齢で嫁がせられることが多かったと思います。田舎ほど低年齢だったとも思われます。)

嫁ぎ先の彼女の新しい家では、彼女は牛の糞を集めた地元の女性の搾取と森林局と家主と戦いました。(インドでは牛の糞は家の前に塗ったり、様々なこと、宗教儀式も含む、に使われます。) これは彼女にとって物事をより困難にしました。

彼女は20歳になるまでに3人の息子を産みました。4人目の子の

妊娠9ヶ月の時、夫からひどい暴力を受け、牛小屋で娘を出産した後、家を出ます。日中は路上や線路上で物乞いをし、夜は誘拐や強姦を恐れて墓地で過ごしました。



この後実家へ戻り保護避難を希望したが、母親から拒まれたために線路での自殺を図ろうとします。



その後、孤児たちの母となることを決意。彼女は後に、実の娘と養子との間の不公平感をなくすためだけに、実子を信託のシュリマン・ダグドゥ・シェ・ハルワイ、プネに寄付しました。(the trust Shrimant Dagdusheth Halwai, Pune,つまりお寺です。)
シンドゥタイは一生を孤児に捧げてきました。 その結果、彼女は愛情のこもった「マイ」(お母さん)と呼ばれています。

彼女は1400人以上の孤児を育ててきました。 今日現在、彼女には207人の義理の息子、36人の義理の娘、および1000人以上の孫の大家族がいます。

シンドゥタイは、まだ『(孤児たちの)次の食事(の確保)』のために戦い続けています。 彼女が養子にした子供たちの多くは、現在高学歴の弁護士と医師であり、彼女の実子の娘を含む一部は、独自の独立した孤児院を運営しています。 彼女の子供たちの一人は博士号を取得しました。

シンドゥタイの献身と仕事に対して、これまでに273以上の賞を受賞しました。 彼女は賞金を使って土地を買い、子どもたちの家を作ってきました。



夫がシンドゥタイの前に現れたのは彼女が80過ぎてからのことでした。



彼女の素晴らしい行動は、2010年、マラーティ語で「 Mee Sindhutai Sapkal 」という映画になりました。この映画は、第54回ロンドン映画祭での世界初演に選ばれました。



また彼女は、マハシュトラ州アムラバティ地区で、野生の虎の保護のために84部族の村が避難することになった時、無力な部族の村人のための適切なリハビリのために戦うことを決め、代替移転への適切な手配をした努力は森林大臣に認められています。

Ranee
シンドゥタイさんだけでなく、インドには本当に、素晴らしいとしか言いようがない人がまだまだいるんですよ!人なのに神様みたいだったり、聖者だったり、不思議な力を持っていたり、、、もちろん人間以下のような人もいるのですが、とにかくインドは奥が深いです。人の霊格レベルの振れ幅の大きさが、またインドを作っているのでしょうね。
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